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マライヒがコーヒーを煎れてくるのを待つ間、歯磨きのコマーシャルにでも出てきそうな部下と黙って向き合っているのも間が抜けているので、話の続きをするように命じた。

「あ、はい、でも、マライヒさんには・・・」

「すぐに戻るだろう。聞き逃した箇所はわたしから伝えておく」

 私の言葉に、彼の去ったドアに視線をやりながらも、

「分かりました。じゃあ。」

と、ブライアンは続きを語り始める。

「カリナンの原石がイギリスへやってきた経緯でしたね」

「ああ」

 煙を吐き出しつつ頷いたわたしに、ブライアンは先程よりぎこちなく語り出す。わたしはマライヒ程聞き上手ではないし、部下に対して威圧感があることも自覚している。ブライアンの非ではない。

 

 南アフリカで発見されたカリナンの巨大な原石は、1970年、イギリス国王エドワード7世陛下の66歳の誕生日プレゼントとしてイギリスへやって来た。国王は巨大な原石を、オランダのアムステルダムにあるアッシャー社へカットに出し、原石からは九つの大きな石、つまりカリナンT世から\世と、96の小さな石が切り出された。そのうち、ロンドン塔に展示されているのはカリナンT世とU世。T世は言わずと知れた、世界最大のカットダイヤモンド、偉大なアフリカの星=B

 

「お待たせしました」

 ブライアンがそこまで話し終えたとき、マライヒがトレイを捧げ持って戻ってきた。トレイからは、嗅ぎ慣れたいつものコーヒーの匂いがする。わたしは、不思議そうな顔でもしたのだろうか。彼は一瞬天使のような笑顔をひらめかせ、ブライアンには見えない角度で素早くウインクをよこした。

「どうぞ」

 客分を優先したのか、まずはブライアンへ紙のカップを差し出し、続いてわたしの前にも同じ物を置く。トレイに載った、先程わたしが渡したコーヒーカップは、洗ってきたのだろう真っ白な地肌を見せている。自分の分の、これまた紙のカップを取り上げ、トレイはデスクの端に置く。

「どこまで?」

 と、話の続きを問う顔に、ウインクの余韻はない。

「カリナンがイギリスへ来てカットされたいきさつを話し終えた所だよ」

 ブライアンの言葉にマライヒは、じゃあそこは後で少佐から聞きます、と続きを話すよう水を向ける。

ブライアンは頷きながらマライヒの煎れてきたコーヒーをすすり、おいしいね、と爽やかな笑顔を見せた。

「じゃあ、続きを。そういう訳でイギリスにやってきてカットされたカリナンから切り出されたダイヤのうち、ロンドン塔に展示されているのは偉大なアフリカの星<JリナンT世、530.20カラット。これは、Royal Scepter(王笏)にあしらわれています。そしてカリナンU世。こちらは317.40カラットあって、Imperial State Crown of Great Britain(大英帝国王冠)に飾られています」

「どっちも見たことがあります。すごく大きいですよね?」

 コーヒーを口にしつつ相づちを打ったマライヒが、おそらくあまりの不味さにであろう、顔をしかめた。その反応と表情の変化の可愛らしさについ微笑んでしまったのだろう。ブライアンが、怪訝そうにわたしを見ている。視線を避けるべく、目の前のコーヒーをすすったが、マライヒ同様不味さに顔をしかめる羽目になった。

全く、これは泥水としか思えない味だ。

辟易したわたしに、今度は一連の流れを見ていたマライヒが悪戯さを秘めた笑顔を向ける。

 何だかおかしな雰囲気だ。何の話をしていたのだったか。

「それで、新人<eロリストのターゲットは? どっちのダイヤだ? それとも両方か? 」

 職場にふさわしい空気を取り戻そうとしたわたしの問いに、

「カリナンU世、世界最大のカットダイヤではないほう、です」

と、マライヒは答えた。

 

 

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